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中大兄皇子の靴
蘇我氏の絶頂
7世紀前半、推古(すいこ)天皇・舒明(じょめい)天皇・皇極(こうぎょく)天皇の時代にかけて、蘇我蝦夷(そがのえみし)・入鹿(いるか)父子が宮廷を牛耳っていた。蘇我氏は代々大臣(おおおみ)を輩出し、娘を天皇に嫁がせることで権力を維持してきた一族である。その権勢はすさまじく、蝦夷は朝廷に勤務時間を明示することを拒否したり、一族の墓を天皇の墓を指す「陵(みささぎ)」と呼ぶなど、まさに傍若無人の振る舞いであった。

蹴鞠が生んだクーデター
 空を舞う鞠を地面に落とさぬよう交互に蹴り合う蹴鞠(けまり)。古来より宮廷人に愛された、なんとも雅なスポーツである。この蹴鞠が、日本史を揺るがす大事件の端緒となった。

談山神社で行われた春のけまり祭のようす
(小泉勝爾筆。神宮徴古館所蔵)





 あるとき、飛鳥の法興寺(現在の飛鳥寺)で蹴鞠が催された。宮廷人たちでにぎわうなか、蘇我氏の天下を憎む人物がいた。舒明天皇と皇極天皇の子、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)である。
 皇子が蹴鞠をしていると、勢いあまってか、靴が脱げてしまった。それを拾い、皇子に差し出した人物こそ、のちに日本を代表する貴族・藤原氏の祖となる中臣鎌足(なかとみのかまたり)である。二人は多武峯(とうのみね)で打倒蘇我氏の策謀をめぐらせ、ついに645年、蝦夷・入鹿父子を討ち果たすことに成功する。この、乙巳(いつし)の変と呼ばれるクーデターを成功させた皇子は天智天皇となり、大化の改新を行うのである。ちなみに、二人が密談を行った地には、藤原鎌足を祭神とする談山(たんざん)神社が鎮座している。

密談をする中大兄皇子と中臣鎌足(『多武峯縁起絵巻』より。談山神社所蔵)






靴がもたらす出会い
 日本の昔のはき物といえば草履を想像される方も多いかもしれないが、足の保護、防寒、騎馬用、儀礼用などさまざまな靴(履)をはいていた。くるぶしから下を覆う浅沓(あさぐつ)、すねまで覆うブーツのような深沓(ふかぐつ)など、素材や形も豊富である。皇子が蹴鞠の際にはいていたのは浅沓だったのだろう。もし、皇子の靴が脱げていなければ、教科書でおなじみの大化の改新も、のちの奈良時代や平安時代もなかったかもしれない。
たった一足の靴が日本の歴史を動かす出会いを演出した。私たちも、お気に入りの靴をはいて外に出れば、歴史を動かすほどではなくとも、人生を変えるような出会いを靴が演出してくれるかもしれない、と思うのは都合が良すぎるだろうか。


『資料協力歴史読本』




【バックナンバー】
1.坂本龍馬のブーツ 2.忍者と飛脚 3.ツタンカーメンのサンダル
4.篤姫・和宮の草履 5.中大兄皇子の靴6.サブリナシューズ

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