中大兄皇子の靴
蘇我氏の絶頂
7世紀前半、推古(すいこ)天皇・舒明(じょめい)天皇・皇極(こうぎょく)天皇の時代にかけて、蘇我蝦夷(そがのえみし)・入鹿(いるか)父子が宮廷を牛耳っていた。蘇我氏は代々大臣(おおおみ)を輩出し、娘を天皇に嫁がせることで権力を維持してきた一族である。その権勢はすさまじく、蝦夷は朝廷に勤務時間を明示することを拒否したり、一族の墓を天皇の墓を指す「陵(みささぎ)」と呼ぶなど、まさに傍若無人の振る舞いであった。
蹴鞠が生んだクーデター
空を舞う鞠を地面に落とさぬよう交互に蹴り合う蹴鞠(けまり)。古来より宮廷人に愛された、なんとも雅なスポーツである。この蹴鞠が、日本史を揺るがす大事件の端緒となった。
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